さよなら、ぴあ ― 2011年07月22日
ぴあとはいろいろな縁がありました。
19才から数年、ぴあで編集のバイト(アシスタント)をしていました。
映画班で、オールナイトの上映紹介(特撮、アニメはご指名受けました)のコラムや、見たこともないのに「はみだしピンク」なんかも書かせてもらいました。
試写状の回収という名目で、毎週のように試写会で映画も見ていました。
いまの立派なビルになる前、神田は猿楽町のぼろビルの時代のことです。
年の近いアシスタント同士、みんな仲良くて、ボーリング大会をやったり、海に行ったり…
今も仲良くしている友人もいます。
長い、長いつきあいです。
その後、ぴあにいた友人のつてで、ぴあマップを作っていた会社に就職し、現在の自分の基礎を作ってもらいました。
曲がりなりにも、今の仕事を続けていられるのも、その会社での修行のおかげです。
そして、それも元を質せば、ぴあとのつながりでした。
高校生の時に読んでいたぴあでバイトを始めたときは嬉しかったなあ。
自分が読んでいた雑誌に、自分の書いた文章が出る…なんか、夢のようでした。
当時、いろいろお世話になった方々、今はどうしているのでしょうか?
そんなことも想いながら手にした、びあの最終号。
さらっと眺めただけですが、大矢ちきさんのパノラマ館に触れていないのかな…?
ぴあで成人式を迎えたんだよなあ…なんて思い出されて。
昭和が、自分の青春時代の想い出が終わって、ちょっと寂しい気がします。
といっても、自分自身もぴあを熟読していたのは90年代前半まででしたからね…
拍手、ありがとうございます。
励まされています。
19日23:08の方
そうなんですね、北大路さん、好きなのですが何故か描いていませんね。
描きますとも。
仕事が一段落するまでお待ちください♪
小林さん
いつもどうもです!
ロバのパンは東京にもありますよ。
あとね、大学堂のホットドッグ。
食べ物って、それぞれの地方の特色が出て、すごく面白いですよね。
コメント
_ 大男五十郎 ― 2011/07/23 10:02
_ かめこ ― 2011/07/23 12:24
ほんの短い間でしたが、本の編集に関わったので、なんか胸がきゅんとするものがあります。
バイトもすっごく楽しくって、本当に青春していました!って感じです。
水戸黄門といい、なくなるとなると寂しいですよね。
夏と言えば怪談、そんな四季折々の風物詩をもう少し大切にしてもらいたいです。
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